旅する騎士たち(猫同伴) はじまりの統治者 前編

――午後三時。今日の授業が終わって、私はクラスの誰よりも早く教室を出て、走って中庭にある駐輪場へと急ぐ。
 そこにある自分の自転車にかばんを放り入れると、少しだけ乱れた息を整える。
 放課後には部活動をする生徒たちが汗を流しているだろうグラウンドにはまだ誰もいない。脇に陸上部らしき男子が二三人念入りにストレッチをしていた。
 私も軽く手を組んで背伸びをしてみた。背中から泡が弾けたような高い音がして、それと同時に背骨に軽い衝撃が伝わってくる。
――運動不足……かな。
 休憩して息が戻って私は自転車を漕いで学校を出る。
 春というには少し暑い梅雨の一歩手前。もう少ししたらレインコートが必要だろうなとか、髪のセットが大変だなとか、そんなことを考えながら私は川沿いの道を走っていた。

***

――午後三時半。バイトしている店が入っている、駅近くの雑居ビルに着く。
 今日の開店時刻まであと三十分。私は自転車とかばんをビルの中に置いて、近くのコンビニで晩ご飯のパンとペットボトルの飲み物を買い込んだ。
 普通なら長くても五分くらいで終わるはずが、新製品とか限定品とか見ていて時間が知らないうちに過ぎて行った。
 雑居ビルへ戻ってふと携帯を見ると、時刻は既に開店まで十分をきっていた。
 慌ててエレベーターのボタンを押すけど、ゴンドラは五階からさらに上へとあがっていく。
 待ち切れない私は急いでそばの階段を駆け上がっていく。
 手に持ったビニール袋が軽い音をたてながら激しく揺れている。普段はどうって思うことはないけど、今のこの状況だと少しイライラを増幅してしまう。
 店がある三階に着いたとき、既に店の明かりがついていた。
 もう着いてしまっているのかと落ち込んで、息を荒くしながらゆっくりと店の中に入る。
「遅れてすみません」
 だけど誰の声も返ってこない。中の明かりは点いていたけど店には誰もいなかった。
――九十九さん、いないわけ……。
 そう思いながらカウンターの裏を見た時だ。
「ニャー」
 かごに入ってくつろいでいる長毛の猫が私に向かって声をかけた。この店で飼っているラグドールのアネモネだ。
 私は回り込んでアネモネのそばにいってしゃがんで、彼女の頭を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めて、私のほうにも手から伝わるふわふわとした長毛の感触と、人より体温が高い猫特有のぬくもりが心地よく感じていた。
「アネモネ、九十九さんどこにいるか分かる?」
「ニャー?」
 アネモネは首を傾げて答える。答えが分からないのか、そもそも私の言っていることが分からないのか、それを知ることはできないけど。
「ここにいるけどタタミちゃん?」
 背後から聞こえたいきなりの声に私の体が硬直する。振り返ると二メートル近くはありそうな、寝癖がひどい男の人が頭をかきながら立っていた。
「九十九さん!」
「ゴメンゴメン、ちょっと疲れて休んでたらいつの間にか寝ちゃってて……」
 私が呆れている一方、九十九さんは苦笑いをしていた。
――まったく……また徹夜でゲームを作っていたのね。
 九十九慶さんはここ、Knight’s to Travelの正規店員で、ここと同じビルの屋上にある倉庫みたいな家で毎日オリジナルのゲームを作っているけどまだこれといったゲームは出来ておらず、同人ゲームの界隈でもあまり人気があるほうではない。
 だけどアナログゲーム全般に詳しいし、体は大きいし、それにプレイヤーとしても弱すぎず強すぎないから店員として見たら、とても優れている。実際、旅ばかりしている店長の代理としてここの管理を任されているし。
「ホントに、ゲーム作家諦めて本腰入れてここで働いたらどうですか?」
「まあ……ボクにゲーム作りの才能がないのは分かってるけどね。それでも諦めきれないんだ」
 いつもみたいに子供のように目を輝かせて言い出したら、もう私は諦めるしかない。適当に返事をしてこの話題を断ち切ろうとした。
 そのとき、私は時計の針を見て、既に開店時刻が過ぎているのに気付いた。
「あ!私は着替えてきますから、九十九さんはカウンターお願いします!」
「はいはい。まあこの時間帯は誰も来ないと思うけどね」
 控室に向かう私に適当な返事で返す。誰も来ないなんて不謹慎だと思いながら、そうだとも思っていた。
 現に私が着替えて戻るまでの十分間、店には客が誰一人もおらず、九十九さんは店そっちのけでアネモネを愛でていた。

***

――午後四時半。普段ならこの時間になると、近くに通う高校生がこの店にやってくる時間だ。
 だけど今日は誰一人やってこない。エレベーターの音は廊下から聞こえてくるけど、そのほとんどがこの階を通り過ぎて、上の階にある弁護士の事務所か占いのお店まで行ってしまう。
――暇だ……暇だ……。
 既に書類仕事やネットの仕事は、ほとんど九十九さんがやってくれたようで、私はその確認だけ、たった五分もあれば全て終わってしまっていた。
――暇……暇……。
 九十九さんは別室でゲームの在庫をチェックしに行って、アネモネも私の隣で大人しくかごに入って眠っている。
――ひ……ま……。
 私もゲームが好きだからこの店でバイトしているわけだけど、ゲームする時間が増えたかと聞かれたら微妙なところ。お客やたまにやってくる中学時代の同級生や先輩たちとゲームすることがあるけど、途中で宅急便が来たり、受付やティーチングもしたり、目の前のゲームだけに集中できないから満足にやったことはほとんどない。
 がっつりとゲームができないイラつきと、あまりに暇すぎる今の状態が混ざり合って、そばの棚にある未開封のオニリムをやってしまいそうだ。
 そのとき、この階にエレベーターが止まった音がする。
 気が抜け切っていた私は慌てて服装をなおしてお客を待つ。が、エレベーターからここまで徒歩三十秒もない距離のはずなのに、なぜか一分くらい経ってもやってこない。
 店から外を覗いてみても、角から人が現れる気配がない。
――いたずら……か。
 そう思っていたけど、さらにその一分くらい経ってのこと。
「……すみません」
 カウンターの前にさっきのエレベーターに乗ってきたんだと思う小学生だと思う男の子が立っていた。さっきから不安そうにおどおどして、珍しそうにゲームの棚をきょろきょろと眺めているからこんな怪しいビルの中にあるこういう店に来るのは多分はじめてなんだと思う。
 私もバイトに入る前、はじめてこの店に来た時も同じような反応だった。だけど目的はきっと私とは違いそうだ。
「いらっしゃいませ」
「えっと……ドラゴン&マジシャンズのカードはありませんか?」
 やっぱり、と思った。たまに小学生がこの店に来ることがあるけど、大抵がこの店では取り扱っていないTCGが目的で訪れる。
「……残念だけどそれはないわね。そこにあるマスター・ザ・グールズならあるけど」
 マスター・ザ・グールズはTCGの一つで、世界で最も流行しているTCGと言ってもいいほどの人気がある。だけどルールが少し複雑で子供には向かない。そこでルールを簡素にしてできたのがドラゴン&マジシャンズで、今では漫画の影響もあって小中学生に人気らしい。
「そうですか……」
 男の子はしょんぼりして店を出ようとする。普段ならこのまま帰すのだけど、今はこの一人だけの状況がもう限界で、とにかく誰か話し相手でもいいから欲しかった。
「ちょっと待って。君、棚にあるゲームに興味あるの?」
「え?」
 男の子はビクってなって、私のほうをそっと振り返る。しばらく俯き加減でじっとして、そして頷いた。
「今度ここでゲームの大会があるんだけど、少しルールを確認しておきたいから一緒にやってほしいの。こういうのは一人でやるより実際にやったほうが分かりやすいからね」
 驚いた顔で私を見つめる男の子。少し考える素振りを見せて、そしてまた首を小さく縦に振った。
「それじゃあそこに座って」
 私は男の子をカウンター前の長テーブルへ手で指示して、そして私は棚からドミニオンの基本セットを出してテーブルの上に置いた。

***

――午後五時……いえその五分前くらい。私と男の子は手に持ったカードとテーブルに並べられたカードの束を見つめていた。
「いい?手札のお金を使ってカードを買う。そしてどんどん山札を強くしていきながらこれらの勝利点を集めるの。そして最後に山札の中にある勝利点が多いほうが勝ち。分かった?」
「うん、一応」
 そう言いながら男の子は手札の銅貨三枚を使って村のカードを手に入れる。
「えっと……これを?」
「一旦捨て札に。自分のカードが全部捨て札になったら山札に戻るから、それから使えるよ」
 男の子は頷いて手札と一緒に村を捨て札置いて、山札に残った五枚を手札にした。
 それらを見届けた後、私も銅貨三枚で村を手に入れた。
 私はこのドミニオン、特にこの基本セットはアプリでも現物でも何度もやって、カードのコストと効果、それにカードナンバーもソラで言うことができる。彼に言ったルールの確認も嘘で、そんなことをしなくてもルールを覚えている。
 私は単にゲームがやりたかった。なんでもよかったけど、TCGをやってる彼ならドミニオンは気に入るかなと思っていた。
 だけどどうも反応が薄い。元々感情が表に出さない性格なのか、いきなりゲームをやってと言われて戸惑っているのか。それともこのゲームが気に入らなかったのか。
 でも自分でゲームの中でデッキを作っていくゲームなんて、普通のTCGじゃあり得ないことだから、違いが強すぎて合わないのかもしれない。
 そんなことを考えつつ、正面にいる男の子は四枚の銅貨で今度は鍛冶屋を手に入れて、手札と捨て札一緒にしてもたつきながら山札をシャッフルしていた。
「慌てなくていいから。ゆっくりやればいいからね」
 そう言いながら私も鍛冶屋を手に入れて、素早く自分のカードをまとめて山札と手札を作り上げる。その様子を男の子は呆けた感じで見ていた。
「早い、ですね」
「毎日のようにカードを触ってるからね」
「それに比べて……」
 男の子の前にはまだ手札を引いていない十二枚の山札だけがようやく出来ていた。
 そのあとしばらく、男の子は黙ったまま手札五枚を引く。静かな店内で私たちは静かにゲームを続けた。








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