旅する騎士たち(猫同伴) はじまりの統治者 後編

――午後五時半。まだ店内には私と男の子だけしかいなかった。そろそろ仕事終わりの常連が来てもいい頃なのに。
 九十九さんは依然として在庫仕事。今日はだいぶ時間がかかっている。
 私たちはと言うと、最も勝利点の大きい属州があと二枚になっていて、もうゲームは終盤になっていた。
「地下貯蔵庫、村、村、鍛冶屋、鍛冶屋……」
 ターン中に使えるアクションカードを増やす村と、手札を増やす鍛冶屋を使って山札を全て取りきる、通称村鍛冶コンボを繰り返していた私に属州が集まる。一方の男の子には今まで一枚も取れずにいて、今までようやく公領が何枚か手に入れているだけだった。
「……合計九金だから属州一枚ね」
 また私が属州を手に入れて残りはあと一枚。この一枚を取った時点でゲームが終了する。
 男の子は恨めしそうに私を見つめて、そのあとすぐに自分の手にある手札を眺める。しばらく見つめて小さく息を吐き、久しぶりに男の子の口が開く。
「……もう勝ち目はないんですよね……えっと――」
「二帖タタミ」
 そうそうと彼は答えてすぐ目を落とす。実際に彼の言うとおり、勝ち目は極めて低い。何枚か公領は手に入れているものの、属州と比べても点は二倍違うし、今回は山札の枚数で勝利点が変動する庭園は入れていない。
もし勝つ可能性があるとしたら、公領を全部手に入れた上、屋敷を大量に集めて、さらに最後の属州も手に入れるくらいしかない。
 だけどそこに来るまでにゲーム終了条件の、三種類のカードを取りきるか、属州がなくなるかになるだろう。
 勝利がもうないことを察した男の子は手札をそのまま山札の上に置こうとする。
「もう……続けても意味ないですよね?じゃあ――」
「このゲームに投了もサレンダーも、降参もないよ」
 男の子はビクッとなって山札に置くのをためらって、今度は自分の前に伏せて置いた。
「もう勝ち目がないからと言って投了はしないで。まだ手があるかもしれないし……」
 男の子は私の説得を断ち切って言う。
「ないです。もう僕にやれることは……」
「あるよ」
 私の言葉に信じられないといった感じで男の子は私を見る。
「残った公領を全部取って、屋敷もたくさん取って、最後に属州を取ったら勝てるかもしれないじゃない」
 それはさっき私自身が否定した可能性が極めて低い夢物語のような逆転法。当然それを聞いた男の子も呆れるようにため息を吐く。
「そんなのありえないですよ。その前に店員さんが全部取っちゃうから」
「だったら邪魔をすれば?民兵を使えば私の手札減らせるから私のやり方を封じることができるかもしれないよ?」
 男の子はイラついた様子でテーブルを叩く。その衝撃で箱に入っている、使っていなかったカードが音をたてた。
「できるかもって、そんなの無理に決まってる!」
 ここまで店員らしく大人の対応をしてきたつもりだったけど、さすがに私のほうも腹が立ってくる。
「……ところで、ドラゴン&マジシャンズを買いに来たって言ってたけど、これからはじめるの?」
「えっえ?うん、友達が面白いって言ってたからはじめようかと思って――」
「やめときなさい。君には向いてない」
 私は男の子の言葉を遮って言った。言い方もばっさり斬りつけるようだったから男の子は荒々しく立ち上がって、自分の座っていたパイプ椅子の脚を軽く蹴る。
「なんで!?そんなのあなたには関係ないでしょ!!」
「簡単に諦める人にTCGは向いていない。いえ、人とやるゲーム、その全てやるべきじゃない」
 男の子は反論しようと身構えたけど、その言葉が見つからなくて黙ってしまう。
「こういうゲームはね、会話と一緒なの。相手の思っていることを自分はどう返していけばいいか、自分がどう言えば相手はそう考えてくれるか。自分一人じゃ決して完結しない、相手がいてこそ成立するの。自分勝手じゃ意味がないの」
「それとこれとは――」
「一緒よ。簡単に勝負を諦めてしまう人とゲームをやって楽しいと思う?」
 男の子は俯きながら小さく首を横に振る。
「……でも、諦める人もいますよね?」
 私は椅子にもたれかかって小さく息を吐く。
「実力があればね。相手との力量差も正確に測れるし、カウンティングや得点計算とかの目算もできるから可能性が全くないことも判るの。だけど少しでも残っていたら簡単には諦めない。ゲームをするなら最後の最後を楽しまなきゃ」
「あと一枚だけ、それさえ引かなきゃ負ける場合も?」
 怪訝そうな男の子と対照的に私は小さく頬を緩める。
「むしろそれが一番燃える展開じゃない!」
 私はこのとき、中学時代にアイツに大逆転勝ちをしたことを思い出した。
 あのときの緊張感から解き放たれる嬉しさは、今まで数々のゲームをやってきた中でも一番の気持ちよさだった。
 そして私はそれをもう一度味わいたいからこの店のバイトをしてまでゲームをやり続けているのかもしれない。
 私はそれをこの子にも分かってほしかった。すぐに諦めようとする彼に、そこを越えた先に真の魅力があることを。
「…………」
 男の子は黙って椅子に腰かける。そして投げ捨てるように置いていた手札を手に取った。
「……勝てる可能性はあるんですよね?」
「あるよ」
 男の子は手札をさっきまでと違って、真剣な目で眺めていた。
「せめて最後の属州くらいは取ってみなさい」
 彼は静かにうなずいた。
***

――午後五時四十分、男の子の逆襲が始まった。
「まずは民兵で」
 やっぱり持っていたのかと、そう思いながら私は手札から勝利点と銅貨を捨てる。
 それと同時に男の子は銀貨二枚を含んだ手札を公開する。民兵の効果と含めて6金だ。
「これで金貨を買います」
 そう言って金貨の束から一枚抜き取って手札と一緒に捨て札にする。山札も残り一枚だったから捨て札を拙くまとめて新たな山札にしていた。
 一方の私は最初に村を出した。しかし手札には手札を増やす鍛冶屋も交換できる地下貯蔵庫もない。村の効果で引ける一枚に力を込めた。
「……残念」
 引いたのは属州。勝利点は高いもののこの場合はただのハズレでしかない。
 仕方なく私は銅貨二枚で堀を手に入れた。これで相手の民兵を防ぐ手立てができた。
「行きます」
 男の子が最初に出したのは市場。これでもう一度カードが使え、カードも引ける。
 新たなカードを引こうと手をかざした時、男の子の動きがそこで止まる。なにか来てほしいカードがあるのか、祈るようにカードを引く。
 引いてきたカードを見た男の子はすかさずそのカードを場に出す。それは市場だった。
 再びのチャンス。また山札の上に手を置いてまた祈る。
 勢いよく引いたカードを見て男の子は目を見開きながらそのカードを場に出す。
「村……取ってたんだっけ」
 驚く私に対して、男の子は少しだけ表情を明るくさせる。そういえば最初のターンに私と一緒に買っていた。
 これであと二枚カードを使うことができる。もちろん、そのカードがあればの話だけど。
 男の子は再びカードを引ける。今度は目を瞑りながら強く念じながら。絶対的に有利なはずなのに、なぜか逆転されてしてしまうような緊張感が私を包み込む。引いてくるカードの行方に目が離せない。
 意を決して男の子は運命のカードを引いた。目をゆっくり開きながらカードを覗き込む。
「……ホントに起きるなんて」
 彼は信じられないと言った感じで、喜びと驚きが同居したような顔をしてカードを場に出した。
「鍛冶屋……って持ってたの!?」
「最初の二ターンは行動同じでしたよ」
――してやったり――男の子の顔がそう言ってるように見えた。
 そのまま彼は三枚を引いて手札すべてを場に出す。
「市場二枚と銅貨と銀貨と金貨、ぴったり8金……」
 驚く私。まさかホントに属州を買うためのコストを揃えてしまうなんて。ついさっき言ったばかりだったのに。
「やった……やった……やった!」
 男の子は激しく興奮している。自分自身も信じられなかったみたいだ。
「それじゃあ属州を手に入れますね」
 男の子が属州を取った時、私は大事なことに気付いてしまった。
「……ねえ、その属州」
「……あ」
 そう、男の子が最後の一枚を取ってしまったためにゲームが終わってしまったのだ。
 属州を取れと煽ってしまった私は頭を抱えたが、負けてしまった男の子はどこか満足そうにしていた。

***

――午後六時。外は夕焼け空から夕方と夜の合間にある薄紫色の空になっていた。
「ゴメンね……属州取れって言った上に気付くのに遅れて」
 カウンターで私は申し訳ない気持ちで一杯だった。だけど男の子はそれを気にすることなく笑っていた。
「ううん、僕も酷いことしたし……大事なこと教えてもらったから頭を下げるのはむしろこっちだと思う」
 私は「そっか」と小さく呟いてホッとした。
「それに、この店また来たくなりましたし」
「だったら身分証明書はない?この店、ホントは会員制なの」
 えっとする男の子は少し自分のポケットやカバンの中を見た後、なにかを見つけてそれを出そうとする。
「学生証でもいいですか?」
「大丈夫よ」
 この時私は小学生が学生証を持っているから珍しいなと思う。私立校なのかなと思ったけど、学生証を見て私はとんでもない間違いをしていたことに気付いた。
「鍛つかさ――中学三年生!?」
 驚きのあまり、カウンターの向こうにいる男の子を見つめてしまう。どう見ても中学生というより小学生にしか見えない。
 そういえばアイツの親友も女の子に見えて、知らない人は彼を高校生男子だと思うことはないだろうけど、少なくとも小学生ほど幼く見られることはないだろう。
 驚いている私を見てつかさ君は私から目を逸らしている。まるで「またか」みたいな感じで。どうやらこの勘違いは一度だけじゃないようだ。
 なんだか気まずくなってきて辛くなった私はなんとか話を変えようとする。
「えっと……もう高校は決まったのかな?」
 思わず小さい子供に話しかけるような言い回しになってしまったけど、彼はそれには幸い気づいていないようだ。
「多分、地元の高校に行くと思います」
「え?地元の高校っていうと……」
 当然、私にその心当たりはあった。
「御板高校です」
 私はこのとき、彼が将来アイツたちと一緒にここで遊ぶ様子がしっかりと頭に浮かんでいた。








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